会のあゆみ


 昭和44年(1969年)、当時多摩町に在住の知的障がい児の親たち数人が、一軒一軒声をかけながら十数人のグループとなり、5月10日、「多摩町手をつなぐ親の会」の発会式が行われました。発会当時の会員数は19名、当時の東京都下の町村では初めての発足でした。

 先輩格の身体障がい者団体とも協力し合い、福祉バザーに参加し、知的障がい者の働く場所作りに資金を作り、つくし作業所(社会福祉協議会・現コラボたまワークセンターつくし)の開所にこぎつけました。その間に、早期教育を目指して集団保育をと市に懇願して現ひまわり教室のレール作りをし、教育の場では、町田養護学校に続いて多摩市にも誘致活動をし、多摩養護学校(現多摩桜の丘学園)が設立されました。

 さらに学校卒業後の働く場を求めて、その準備として「卒後を考える会」を昭和62年(1987年)11月に発足、資金を集め、のちのどんぐり、プチドン(現くぬぎ)、どんぐりパン、へと発展していきました。

 生活寮があるといいねと語られるようになってからは、多摩生活寮準備会が発足し、社会福祉協議会に働きかけ、1998年(平成10年)多摩市手をつなぐ親の会が委託され「たま豊ヶ丘寮フレンズ」が開所されました。

 余暇活動として、研修旅行、小・中・高水泳クラブとび魚(現音体サークルフォルテ♪)、成人・青年部水泳クラブ、カラオケクラブなどを続けています。また子供たちの遊び場として、多摩おもちゃ図書館の運営も行ってきました。

 平成15年(2003年)、国は戦後続いてきた行政がサービス内容を決定する措置制度から支援費制度へと大きく転換し、利用者がサービスを選択して事業所と契約する仕組みになりました。平成18年(2006年)には障害者自立支援法が施行され、福祉の実施主体を市区町村に一元化、地域生活支援や就労支援事業を創設、障害程度(支援)区分の導入により、障害のある方が必要とする支援の度合いを総合的に判断し支援が受けられるようになりました。平成25年(2013年)には障害者総合支援法が施行されています。
法律改正とともに、どんぐりパン、どんぐり、プチドン、たま豊ヶ丘寮フレンズは親の会から独立していきました。

 現在は新型コロナウイルス感染症の流行によりなかなか思うように活動ができない日々が続いていますが、今後は障がい者の高齢化や防災対策、障害理解の促進、啓発活動など、今の時代に見合った課題を解決すべく活動を続けて行きたいと思います。